ペアリングで記憶に残る一杯に! 居酒屋が語る日本酒の新しい提供価値
- 2025/7/2
- ライフスタイル

「日本酒は、好き嫌いが分かれるお酒だと思われがちだ」——そんな言葉が、いまだに飲食店の現場から聞こえてくる。だがその実、日本酒はもっと懐が深く、もっと多様な顔を持っている。香りの立ち方、舌触り、余韻の変化、さらには温度によってまったく異なる味わいを見せる奥深さ。そして、料理との絶妙なペアリングによって、料理も酒も互いを引き立て合う芸術的な相乗効果。もはや“味”や“香り”だけで語るのは、日本酒の魅力のごく一部に過ぎない。
実際に、日本酒の魅力をどう伝えるかに頭を悩ませる飲食店は少なくない。ランキングやSNSでの話題性に流されがちな顧客に対して、店側はどのように「本当に伝えたい価値」を届けているのだろうか。提供する酒の選定理由、その背景にある想い、そして体験としての提供方法まで——現場のリアルを探るべく、居酒屋『涛司(とうじ)』(https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140401/14095972/)を運営する株式会社ハイル(https://khairu-diner.com/)は、業態歴3年以上の居酒屋・和食店の経営者や料理長ら510人を対象に、「提供する日本酒の価値」に関する実態調査を実施した。浮かび上がったのは、酒の“奥行き”を伝えようとする、現場の熱意と葛藤だった。
選ばれるのは銘柄だけじゃない、体験を設計する飲食店の工夫

居酒屋や和食店で提供される日本酒の種類は、今や驚くほど多彩である。今回の調査では、最も多かったのは「10〜20種類未満」(26.7%)という回答で、全体の約半数が20種類前後を提供していることが判明した。一方で、「60種類以上」を揃える店舗も5.1%に上り、取り扱う銘柄数は店舗ごとの方針や戦略によって大きく異なっている。
種類の多さは単なる選択肢の幅にとどまらない。それは、顧客にどれだけ深い体験を届けられるかという姿勢の表れでもある。実際、「限定・希少銘柄の導入」(46.9%)や「スタッフによる丁寧な説明・接客」(41.6%)、「蔵元からの直送仕入れ」(39.0%)といった施策が多く挙げられており、提供の場面には“選ぶ・伝える・魅せる”という三層の工夫が存在している。
特に印象的なのは、日本酒を「商品」ではなく「体験」として捉えている点である。銘柄の名前や人気度ではなく、その酒が持つ背景やストーリー、蔵元の想いまで含めて提供しようとする姿勢が、提供価値の多層化を物語っている。飲み手にその魅力が届くかどうかは、最終的には“語り手”であるスタッフの手腕にかかっているのだ。
香り、味、背景まで。飲み手に伝えたい“見えない魅力”とは

飲食店の現場では、日本酒の「味のよさ」や「人気の高さ」だけで勝負しているわけではない。むしろ、多くの店が「もっと深く、もっと多面的に魅力を知ってもらいたい」と感じている。実際、今回の調査で「飲み手にもっと知ってほしい日本酒の魅力」を尋ねたところ、最も多かったのは「香りや味わいの繊細さ・奥深さ」(38.4%)。これに「温度による味の変化」(34.5%)、「料理との相性の幅広さ」(32.2%)が続いた。この結果は、日本酒が「単体で完結する飲み物」ではなく、「状況や合わせる料理によって真価を発揮する存在」であることを現場がよく理解していることを示している。冷・常温・燗といった温度の調整ひとつで味の輪郭が変化し、旬の食材や調理法と合わせることでまったく異なる表情を見せる。それこそが、日本酒という文化の深層なのだ。
さらに、「精米歩合」や「産地ごとの個性」、「造り手のこだわり」といった製造背景への言及も多く見られた。飲食店は、単なる“提供者”ではなく、蔵元と顧客をつなぐ“語り部”としての役割も担っている。背景を知って飲む一杯は、何気ないグラスを「記憶に残る体験」へと変える。だからこそ、現場では説明力やストーリーテリングのスキルが、これまで以上に求められている。
おすすめしたいけど、提供できない?人気銘柄と仕入れの現実
「これが店にあったら、迷わず飲んでほしい」——日本酒を日々扱う飲食店のプロたちが、そんな強い思いでおすすめする銘柄には、やはり実力と知名度を兼ね備えた酒が並ぶ。調査で「これは飲んでおくべき!」と挙がった銘柄には、「久保田」「獺祭」「越乃寒梅」「十四代」「高清水」などが名を連ねた。いずれも日本酒ファンであれば一度は耳にしたことのある銘柄ばかりである。

おすすめする理由としては、「味・香りが非常に優れているから」(51.0%)が最も多く、「どんな料理とも合わせやすい」(40.4%)、「料理との特定のペアリングで真価を発揮するから」(32.8%)と続いた。つまり、完成度の高さと応用力、そしてペアリングによる引き立て効果といった複数の視点から評価されていることがわかる。これは、飲食店が日本酒を単なる“おいしい酒”ではなく、“食とともにあるべき存在”として見ている証でもある。

しかし、そうした人気銘柄だからこそ、実際の仕入れには大きなハードルがある。「仕入れを断念したことのある日本酒」を尋ねたところ、最も多く挙がったのはやはり「十四代」(28.2%)。次いで「信州亀齢」(21.4%)、「花邑」(19.6%)と続き、有名銘柄が上位を占めた。
仕入れを断念した理由としては、「安定供給が難しいと判断した」(38.5%)、「価格が高く原価に見合わなかった」(36.3%)、「仕入れルートが確保できなかった」(33.3%)といった現実的な問題が挙げられている。さらに、保存や温度管理といった技術的な課題も背景にあり、人気が高い=提供できるとは限らない厳しさが浮き彫りになった。
こうした状況は、飲食店にとって“理想の一杯”を提供することが、仕入れ・保存・原価管理といった多面的な判断のうえに成り立っていることを示している。おすすめできる酒と、実際に出せる酒のギャップ。その狭間で、現場は日々模索を続けているのである。
「この料理に合う酒は?」に応えられる店は強い

「この料理に合う日本酒はどれですか?」という質問は、今や飲食店にとって日常的なリクエストである。今回の調査でも、約9割が「よくある」「たまにある」と回答しており、顧客の多くがペアリング提案を期待している現状が明らかとなった。味の好みを超えた“食体験”を求める声が増えるなかで、日本酒と料理の組み合わせは、もはや「選択」ではなく「サービスの一環」として求められている。

だが実際には、その提案を担うスタッフの数は限られている。提案できる人数について尋ねたところ、最も多かったのは「1〜2人」(52.7%)、次いで「3〜4人」(31.9%)。「0人」という回答も3.3%存在しており、ペアリングの提供が属人化している現実が浮き彫りになった。季節や仕入れ状況によって日々変化する料理や酒に対応するには、経験や知識の蓄積が不可欠であり、誰もがすぐに対応できるわけではないのだ。
それでもなお、多くの飲食店がペアリング提案を重要視している理由は、「顧客満足度の高さ」にある。「非常に貢献している」「ある程度貢献している」と答えた店舗は約8割にのぼり、ペアリングが単なるサービスを超え、体験価値の中核を担っていることがうかがえる。飲食店が提供する“味”とは、単にお酒や料理の質にとどまらず、両者の調和によって初めて完成する——そんな価値観が、着実に浸透しつつあるようだ。
調査概要:「提供する日本酒の価値」に関する調査
【調査期間】2025年6月10日(火)~2025年6月12日(木)
【調査方法】PRIZMA(https://www.prizma-link.com/press)によるインターネット調査
【調査人数】510人
【調査対象】調査回答時に業態歴3年以上の居酒屋・和食店経営者、店長、料理長であると回答したモニター
【調査元】株式会社ハイル(https://khairu-diner.com/)
【モニター提供元】PRIZMAリサーチ
今回の調査を通じて、日本酒は「味がいい」「有名だから」といった表面的な評価だけでは語れない、多層的な価値を内包していることが明らかとなった。飲食店は、銘柄の選定や提供方法を通じて、その一杯に込められた背景やストーリーまで丁寧に伝えようとしている。ときには入手困難な銘柄に悩まされ、ときにはスタッフの知識に頼らざるを得ない属人的な体制に限界を感じながらも、それでも“体験としての日本酒”を諦めない現場の努力がある。味や香りに加えて、温度、ペアリング、蔵元とのつながりといった複数の要素が絡み合うことで、日本酒はただの飲み物から“語られる体験”へと昇華する。酒そのものの価値だけでなく、それをどう提供し、どう伝えるかが問われる時代に突入しているのだ。
一杯の酒の背後にある情熱に耳を傾け、提案を受け入れてみる——そんな姿勢で日本酒を楽しむことで、味覚を超えた豊かな時間が広がるはずだ。次に居酒屋や和食店を訪れた際は、ぜひペアリングを提案してくれるスタッフのひと言に耳を傾けてみてほしい。そこには、きっと、まだ知らない日本酒の世界が広がっている。