世界にひとつだけの手づくりみやげを持ち帰ろう! “焼き物のまち”でアートな体験3連発【岐阜県・東美濃の旅/後篇】
- 2026/2/1
- 舌肥リポ

飛騨高山、郡上八幡、下呂温泉、そして世界遺産・白川郷など数多くの人気観光地を擁する岐阜県で今、旅好きたちに穴場的エリアとして人気上昇中の東美濃(ひがしみの)地域。11月下旬に同地区で行われた岐阜県主催のプレス向け体験ツアーの様子を前後半に分けてレポートしている本企画。馬籠以西の宿場町と巨岩城を巡った前篇に続き、後篇では東美濃が全国に誇る地場産業、焼き物関連のスポットを巡る。アートな体験で、世界にひとつだけの手づくりアイテムもゲット!
東美濃が誇る最先端の陶磁器産業を知る/KOYO BASE
3日間にわたるツアーの前半を終え、中山道の馬籠宿で2日目の昼を過ごした一行は、続いて土岐市に移動し「KOYO BASE」を見学。

こちらは1964年創業の陶磁器メーカー・光洋陶器が2023年にオープンした複合体験施設だ。同社の本社工場併設の施設ということで、まずは陶磁器の生産工程を見学させてもらった。

国内最大の陶磁器産地であり、全国の和洋食器の約5割が生産されるという東美濃。手頃な価格で市場に並ぶ東美濃産の焼き物は、“普段使いのうつわ”として広く世間に浸透している。
「創業してまもない頃の当社は主にアメリカ向けの輸出用食器を中心に作っており、そこから1980年代に入って国内のホテルやレストラン向けの洋食器を作り始め、業務用食器メーカーとして現在まで成長してきました」
同社の成り立ちをそう説明してくれたのは、広報担当の樋上さん。
大量生産の工場というと、ライン工程の両側にたくさんの人…みたいな光景を想像していたのだが、実際の現場は人の姿がまばらで、代わりに活躍しているのはロボットアームなどの機械たち。

「昔は材料の土をひとつひとつ機械の中に入れたり、20kgくらいある土の塊を台車に積んだりと重労働の多い業界でしたが、今は機械化を進め、主に人にしかできない作業を職人が担当しています」と樋上さん 。
例えばどんぶりを成形する工程に至っては無人で、ヘラのセットされた機械が、石膏で作られた型に入った土をろくろを回すようにどんぶりの形に変えていく。なお、ここには3000個の型があり、機械一台で一日2500個の成形が可能というから驚きだ。

一方、800度の熱で36時間かけて焼くという素焼きの窯の前は、さまざまな形の皿や器が列になって並ぶ圧巻の光景。素焼きを終えたものは釉薬を塗る工程に回され、色や質感が加えられていく。

なお、同じ器の内側と外側で別の風合いを出したい時に行う釉薬の塗り分けも機械で行えるという。そのような繊細な作業までできてしまうロボットアームたちの滑らかな動きを眺めていると、何だかそこに人の姿が浮かんでくるから不思議だ。

工場見学を終えた後は、後半の旅最初のアート体験にチャレンジ。KOYO BASEでは、さまざまな形の皿やマグカップの中から好みのものを選んで絵付け体験が楽しめる。

模様でも絵でも描くものは自由。描きたいもののイメージが固まったら、始めに鉛筆で下書きを入れる。鉛筆の筆跡は窯に入れた際に焼けて消えるので、ここは丁寧過ぎるくらい描いてしまっても大丈夫。

次に必要な塗料をパレットに出し、大小の筆を使い分けながら色を付けていく。描き終えたものは窯で焼いて約1ヶ月後に宅配してくれる。どんな出来上がりになるかはそれまでのお楽しみ。
人間国宝の美濃焼でお茶を立てる感動体験/多治見市美濃焼ミュージアム
最終日の3日目は、多治見市内にある2つのミュージアムを見学。まず午前中は「多治見市美濃焼ミュージアム」へ。

昨日訪れたKOYO BASEが工業的な大量生産による現代の陶磁器産業に関するスポットならば、こちらのミュージアムは伝統工芸の陶磁器である美濃焼について学べるスポットだ。常設展示では1300年以上にわたる美濃焼の歴史が中世の窯跡からの出土品など数々の資料とともに時系列で紹介されているほか、人間国宝に選ばれた6名の陶工の作品も展示されている。

美濃焼と呼ばれるものに技術的な共通点はなく、多治見市、土岐市、瑞浪市、可児市の4市で焼かれたものの総称を美濃焼と呼ぶ。その上でこの地が焼きものの生産地として栄えた要因として学芸員の光枝美紀さんがあげたのは「火山灰の蓄積が生んだ良い土が獲れたこと」「アカマツが多く、薪の原料が豊富だったこと」「低山が多く、窯作りに適した斜面が見つけやすかったこと」の3点。
ただ、環境が整っていても千年以上の長きにわたって生産地として続いてきた場所は珍しく、「美濃焼は時代に合わせてスタイルを変えて残り続けてきました。逆に変わらないのは大量生産を続けてきたことで、いつの時代も売れるものを追求してきたのが美濃焼の面白いところです」と光枝さんは解説する。

美濃焼が最も流行したのは、約400年前の「美濃桃山陶」の時代だ。この時代には1000度以上の温度で焼ける大窯の登場で、「瀬戸黒」「黄瀬戸」「志野」「織部」という技法が開発された。なお瀬戸という言葉を聞くと「瀬戸って愛知県じゃないの?」と思う人が少なくないだろうが、これは昭和初期まで、美濃桃山陶は、隣接する瀬戸市で焼かれた瀬戸焼の一種と考えられていたことに由来する。
このうち瀬戸黒は、鉄分を多く含んだ釉薬を施し、焼成中にいい頃合いで引き出して急冷させることで、綺麗な漆黒を表した陶器。「瀬戸黒は焼き締める前の段階で外に出す、いわば“未完成”の状態から作られるもののため、陶片の多さに比べて完品の数は希少です」と光枝さんは解説し、ここではその希少な16世紀の茶碗を鑑賞できる。
なお、瀬戸黒は千利休も所有するなど当時も高級品だったが、裏を返すと重ねて焼かれた跡が見つかることがあり、「高級品を大量生産するという相反したことをやってのけてしまうのがこの時代の凄さ」だと光枝さんは付け加える。

一方、美濃焼のイメージとして連想する人が多いであろう織部は、織部釉ともいわれる独特の緑色が特徴的な焼きものだ。千利休の弟子だった武将・古田織部らがプロデュースしたといわれ、京で流行した着物の紋様などがデザインに取り入れられた。京都では現地の土で作った織部のサンプルと思しき器が発見されており、光枝さんは「当時の京都は貿易や鉱業の発展でバブル期のような状態にあり、大量に作れる美濃焼に発注が集中したのでは」と解説。

長い歴史ゆえ、ここでは簡単な紹介程度しか伝えられないが、奈良時代から現代まで途切れることなく続く美濃焼の歴史は、時の政治や経済とも絡み合い、その中には信長、秀吉、利休といった偉人たちも登場する。そうしてひとつの文化を通史で感じられるところに個人的な興味を惹かれた。
そして、ここでは17世紀に造られた焼きものの陶片に触れる体験と人気の陶工の作品で楽しめる抹茶体験という2つの体験にトライ。このうち抹茶体験は人間国宝の作品も選べるという大人気の体験だ。

茶を点てるのも初めてならば、人間国宝の作品に触れるというのももちろん初めてのこと。そんな貴重な体験に心だけでなく手も震える中、抹茶を点てた茶碗を両手で持ち上げてみると、一見無骨な表面が不思議と掌に馴染み、名人の技の凄さが垣間見えた気がした。
唯一無二のユニーク建築で地場産業を学ぶ/多治見市モザイクタイルミュージアム
本ツアー最後の目的地として訪れたのは「多治見市モザイクタイルミュージアム」だ。
東美濃の地場産業で美濃焼とともに有名なのが、この地域発祥のモザイクタイル。特に同ミュージアムがある多治見市の笠原町は全国一の生産量を誇り、隣接する公民館の入り口に立つ看板を駐車場で見て、早速ここがモザイクタイルのまちであることを実感した。

まるでファンタジーの世界から飛び出してきたような奇抜な外観が印象的なミュージアムの建物は、世界的建築家・藤森照信の設計によるもの。

「戦後にタイルの生産が始まる以前、笠原町は茶碗の生産が盛んな土地でした。その歴史を表すかのように上の方にはタイルが、下の方には茶碗を割ったものが埋め込まれています」とファサードの解説をしてくれたのは広報の岩村直美さん。

館内も土岐市の陶芸家・伊藤慶二による足のオブジェやタイルが敷き詰められた車、藁を含んだ内壁などが唯一無二の光景を作り出している。そして半屋外に設けられた4階の展示室には藤森氏がセレクトした芸術性の高いモザイクタイルやタイルアートのオブジェが集められ、タイルに親しんできた世代には懐かしく、若い世代にはレトロを感じる空間となっている。

一方で、3階の常設展示では、京都で学んだ技術を郷土に伝え、モザイクタイルの先駆者となった山内逸三の登場に始まる笠原のモザイクタイルの歴史やタイル張りの仕組みが学べるほか、モザイクタイルの多彩なデザインが鑑賞できる。

そしてこの旅最後の体験は、1階の体験工房で行うモザイクタイルの工作体験だ。色も形もさまざまなタイルを鍋敷きやフォトフレーム、コースターに貼り付けて、ここでもオリジナルみやげをゲットできた。
なお、2026年は同館にとって開館10周年のメモリアルイヤーで、開館記念日を迎える6月には記念イベントを予定しているとのこと。ぜひ訪れるきっかけにしてみては。
ラストは岐阜駅内のギフトショップで締めのおみやげ探し
多治見市を出て、車内で今回のツアーの思い出話に花を咲かせながら約1時間でスタート地点の岐阜駅に帰還。濃厚な3日間を通じて東美濃の魅力をしっかり感じることができた。
そしてラストは岐阜県内の名産品・特産品が一堂に揃う岐阜駅内の「清流の国 THE GIFTS SHOP」で締めのおみやげ探しをエンジョイ。

美濃焼、五平餅、栗きんとんなど、この旅の中で出逢った名物に親しみを感じながら、中津川宿で試飲させてもらった「はざま酒造」の銘酒『恵那山』も忘れずに購入。

帰り際、夕陽を浴びて一層輝く駅前の信長公像に挨拶をして、今度は「また岐阜に遊びに来るがよい」と言われた気がしながら岐阜県を後にしたのだった。








